【河沙魚 ~かわはぜ~ 生涯学習講座より】

第52回生涯学習講座は北九州市立文学館の今川英子館長の、「 今、なぜ、林芙美子? 」

お話しの中でも最もインパクトが強かったのが━ 河沙魚~かわはぜ~━ の一節の解説でした。

どうしても、死ぬ気になれないのが苦しかった。

本当は死にたくはないのだ。

死にたくないと思うとまた悲しくなって来て、千穂子はモンペの紐でじいっと眼をおさえた。

全速力で何とかしてこの苦しみから抜けて行きたいのだ…。

明日は隆吉が戻って来る。

嬉しくないはずがない。

久しぶりに白い前歯の突き出た隆吉の顔が見られるのだ。

いまになってみれば与平との仲が、どうしてこんな事になってしまったのか分からない…

自然にこんな風にもつれてしまって、不憫な赤ん坊が出来てしまったのだ。

━ 長い事、橋の上に蹲踞(しゃが)んでいたせいか、ふくらっぱぎがしびれて来た。

千穂子は泥の岸へぴょいと飛び降りると、草むらにはいりこんで誰かにおじぎをしているような恰好で小用を足した。

いい気持ちであった。

亭主の不在時に、義父と関係が生じ妊娠してしまう。 明日には亭主が帰ってくる、という、絶望的、お先真っ暗な状況に置いても、生理現象は起こる、朝は来る、陽は沈む、自然の営みは滞りなく繰り返される。

林芙美子の文学の世界は、不変の絶対と人の心の不安定の混合が表現されている、と説いてくれています。

今川館長は ━ 文学は、人間世界の謎解きなんです とも。

『 放浪記 』の林芙美子。

今日の生涯学習講座でがぜん興味が深まりました。

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